Have Fun、な気持ちで。

おもう、かく、かたちにする。

ラ・ラ・ランド

観ましたか、『ラ・ラ・ランド』。

 

gaga.ne.jp

 

「アカデミーでw読み間違えられちゃったやつw『ラーララーンdっ(授賞式のモノマネ)』ってか」

 

なんてナナメ45度から言ってないで(そんなやついないか…)。
アカデミー賞獲ったような大衆向け映画はちょっと手出しにくいなーなんて思っている人にこそ、観に行ってほしいんです。

私は公開初日に観たのでもうかれこれ1ヶ月経っているんですが、
こんなにも長い間心を持っていかれた作品は初めてです。
鑑賞翌日からサントラが聴けないくらい、えぐられてます。

 

そう、たまたま職場の上司が私と同時刻・同劇場で鑑賞していたらしく、
(本当に気づかなかった、でもかえって没頭できたからそれでよかった)
週明けにそれぞれの感想を話しながら消化できたから良かったんですけど、
ずーっとその衝撃は頭に残ってました。

文字にしようにも筆が(正確にはタイピングが)進まず。

 

でも今日書き出したのは、あるレビューを読んだから。

 

www.machikado-creative.jp

 

もうこれだけ読めばこの後の私の文章なんか読む必要ないくらいすごいので、
ぜひご一読を。これ読んでまた泣いたわー。
それと、掲載日が私の誕生日だったというところにも勝手に運命めいたものを感じてしまったので、
ちょっと手遅れ感はあるけど書き残しておこうと思います。

 

では「ラ・ラ・ランド」に端を発する、私のメンタル異常気象をちょっと振り返ってみたいと思います。※ ネタバレ含むと思います

 

【哀】映画オープニングで号泣

監督の前作『セッション』も観てないんですけど、
ミュージカルに造詣が深いわけでもなんでもないんですけど、
たまたま初日に早く仕事が上がれて近くに映画館があったので行っただけなんですけど、

 

オープニングで高速道路のあの遥か先までたくさんの人たちが歌って踊っている姿を観たら

 

「歌とかダンスで体いっぱい表現をすることに魂注いでいる人がこんなにたくさんいる…この撮影のためにいっぱい練習してきたんだろうなあ……はあ、尊いぃぃ!」

 

と、ダンサーの方々への敬意がとまらず。涙もとまらず。
そういう映画だって聞いてなかったからハンカチもティッシュもなく、
売店でもらったウェットティッシュでずっと涙を拭う始末。

おかげさまで2時間超、ティッシュのウェットな状態が保てたというね、ハハ。

 

【哀②】夢を追う二人…に襲いかかる”現実”に撃沈

印象に残っているのは、

・ミアの初公演、現実そんなに甘くない…

→ いろんなことに言えるけど
「本気で頑張ろうとするとかならず高い壁があらわれる」じゃないですか。
上司の言葉を借りれば”努力は必ず報われるわけじゃないのが妙に現実”っぽくて響きました。
自分が一番欲しいものはいっつも、すこーしだけ無理しないと届かないところにある。出来なくもなさそうだから諦められなかったりして。これがまた辛い。
でもこの映画で言えば、高い壁を見上げるのに疲れて落ち込んでいたら足元にトンネルの入り口があるのに気付いた、みたいなこともあるんだろうな。
何がきっかけになるか分からないなあ。

 

・セブ「君は自分自身の優越感のために僕と一緒にいるんだろ」

→ 違う、違う、違う。そんなこと言わないで。
もうやめてー!って声出そうになった。

・最後たたみかけてくる…「もしも◯◯だったら」

→ なんで、なんでなのだ。

 

そう、

【ちょい怒】なぜあの結末なのか

この1ヶ月を振りかえってみると、
映画を観終わった瞬間から「なぜ結末があれでなければならなかったか」ばかりを考えていたと思います。軽く憤るレベルで。
というか、もっとピンポイントに「現実味=別離」じゃなくてもいいじゃないかと。
どこかのインタビューで監督が、ミュージカルや音楽の素晴らしさを知ってもらいたいということと、それでいて徹底的に”現実”にこだわったというような話をしているのを見かけました。

分かるけど、分かるけどね。
私に言わせればそんな夢のない話はないんですよ。(監督の狙い通り現実味バッチリ出てるやないかい)

彼らの道を別の方向に向かわせることになった分岐点は、やっぱりオーディション前のワンシーンだなと。
人生は選択の連続だとはあちこちで言われることですが、あそこで”決めなかったこと”の功罪はやっぱり大きい。
私にミュージカルの面白さを教えてくれた友人の言葉を借りると”あの選択の場面で恋よりも夢を優先させるところが夢追い人のリアル”っぽくもあるんですが、
遠距離恋愛中の私からしたら「そこ、決めでしょ?決めちゃえ(決めてくれ)よ!」みたいにしか見えなかったりするんです。

ところで、ラ・ラ・ランドで描かれた2人の恋愛に関しては、先ほど紹介した田中さんの記事にはこんなふうに書いてあります。

でもね、ぼくは47歳のいいおっさんですからね。これは「追憶」に関してのラストなんですよね。追憶は、後で振り返るから美しいんであって、いま現在恋愛に悩んでいたり、これから交際や結婚に希望を持ってる人はちょっとイラっとするかもしれない。


ここ、本当に、生まれて初めて映画批評に救われたと思いました。

 

私がこうまでして結末にこだわっているかと思えば、上司や友人にはその部分が全く響いていなかったりして、見る人によって観点がてんでバラバラなんです。この映画。

ということは、

ラ・ラ・ランドという映画は、見た人の年齢とかそのときの心配事とか、もっとひっくるめて人となりそのものを映し出す映画だなあと思ったんですよ。

だから今は、たしかにこの1ヶ月憤ったけど、
27歳の誕生日を迎えるころの私が抱いた、ここに書いたままの感想でいいんじゃんって。子供みたいに「なんで別れなきゃいけないんだよ」って思ってる私でいいやって思ってます。

また10年後とかに見返すことがあれば、そのときにはここに書いたことと違う感想を持っていたらいいな。このブログが、最高の酒の肴になるその日まで。

【喜】すごく良い映画だった!

これに尽きます。
エマ・ストーンが輝いていた。めちゃくちゃチャーミング。好き。

映画でも音楽でも小説でも、出会うタイミングってすごく重要じゃないですか。
今、いろんなものが固まりきっていない時期にこの映画を知れて、感情を揺さぶってもらえて本当に良かったと思います。

私ってば、いついろんなものが固まるんだろうという謎は残りますが、まあそのうち?

 

ここまで読んでくれた(割と暇だと思われる)アナタはぜひ、

こんなもの読んでないで映画をみてくださいませ。 

 

完。

서울 갔다왔어요.

※韓国語 ONLY※

 

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1년만인 방문은 엄마와 함께한 효녀여행.

 

경리단길(2박3일이란 짧은 시간 내에 두번이나 찾아간 그곳. 서울타워 야경이 예쁘다며 잘 마시지도 못하는 술을 먹었더니 엄마는 호텔 도착하자마자 기절했다.)

 

진미식당(맛있다 밥도둑! 고한도로보~!)

 

통인시징의 기름떡볶이(할머니 지금 식사 가능한가요? 라고 묻더니 "여긴 식사집이 아니지. 전집이지"라고 하셨다. "전은 식사가 아님"을 께달은 뒤, "식사의 개념을 다시 한번 고찰해봐야겠구나"란 생각을 했다. 한국말에 깊음을 느낀 한컷.

 

중국사람으로 꽉 찬 신라면세점 (대박임.)

 

서울에 있는 이슬람 모스크 (존재를 아예 처음 알았고, 그냥 예뻤다! 신기신기)

 

우연히 들린 커피집 챔프커피(원래 가려고 했었던 피자집이 문닫아서 바로 옆에 있었던 커피집으로. 그 동네에서 굉장히 유명하다는 그 집. 대부분은 일부러 오는 손님인데 우리처럼 우연히 오게되는 사람은 겨우 2%란다. 사장님 복 받으셨네요. 꼭 다시 가고 싶게 만드는 기적의 커피집)

 

이렇게 새로운 서울여행은 처음이었어요.

벌써부터 가고싶으... 또 갈게요 호호.

幸せになることですよ。

「急いでもらえますか」

 

そう言ってタクシーから見た渋谷は人でごった返していて、運転手のおじちゃんも、今日は特別人が多いような気がしますよと言った。

 

おじちゃんがわたしの行き先である場所の名前を挙げて、素敵なところで式を挙げられるんですね、ご友人ですか?と聞いてきたので、高校の友人なんですと言うと、お姉さんの世代なのにまた古風で良いじゃないですかと笑いながらしみじみとこう言った。

 

「わたしは前まで会社をやってましたけどね、男っていうのは子どもが生まれると生活がガラッと変わるもんなんですよね」

 

23歳のときに身ひとつで関西から上京した彼は、ファッション関係のメーカーの社長をしていたそうで、自社で抱えるデザイナーやパタンナーと一緒に婦人服を主に製作していたということだった。もっと遡ると、生地屋でキャリアをスタートさせたあと、営業を経てバイヤー、そして憧れの人の背中を追いかけて「東京で一旗上げてやる」ということで上京したのだそう。「わたしはね、単純なんですよ。やりたいと思ったらもうそればっかりでね」とケラケラ笑うおじちゃん。どんどん浮かんでくる質問にも、楽しそうに答えてくれた。

 

「子どもができるとね、やっぱり家で一緒に過ごしたいじゃないですか。私が会社やっていた時代は、お姉さんは知らないでしょうけど、土曜日は基本的に働いていてね。日曜日に休めるかどうか、でしたよ。だけど私は家族といる時間が欲しかったから、会社全体で土日休みにしちゃったんです。社員は喜びましたけど、取引先からはおたくは営業日が少なくて困っちゃうよなんて言われたりして。平日に集中して働いて、土日は休む。それでもまあ、会社の方もなんとかなってましたし、結果オーライですよ。」

 

わあ、なんてかっこいいんですか。でもなんで今はタクシーの運転手さんに?と聞くと、ニヤッと笑いながら、お姉さん着くまでで時間が足りないかもしれませんねえと言った。いっそ回り道をお願いしようかとも思ったけど、思い直して続きを聞いてみる。

 

「私ね、家族がみんなバンコクにいまして。」

 

は? と驚く私にも構わず、話は続く。

 

「息子が縁あってバンコクで起業をしたんですが、娘がそのつながりでヘッドハンティングされましてね、どちらもバンコクに行ったんですよ。そしたら家内も夢を叶えるとかなんとか言って行ってしまって。私は1人日本で暮らすことになったんですが、まあ家族から”孤独死が心配だ”とか言われて去年バンコクに行ったわけですよ、住所も全部抜いてね。」

 

「向こうでは食事の合間に散歩とプール、家族と過ごす悠々自適な生活でした。寂しさもなくてね、良かったんですけど、3ヶ月でもう飽きちゃったんですね。その期間に私16キロ痩せたんですよ。病院の検診でも悪いところがなくて、逆に健康的になって良かったですねなんて言われて。これはもう合わないんだと思って日本に帰ってきたんです。それが去年ですね」

 

なんかもう予想の遥かナナメ話うえをいく展開すぎて、ついてけませんと笑うと、私もこんな風に生きると思ってなかったでしたからねえとおじちゃん。

 

「それで帰国したは良いんですけど、住むところなかったんですよね。だから寮があって67〜8歳を雇ってくれるところを探していたと。まあ私の弟がタクシー業が長くてですね、営業とかセールスをやってきた私なら合うんじゃないかってこの仕事をすすめてくれて。うまい具合に見つけて、今に至るということですね。」

 

普通ならめげそうな状況でも逆に楽しんでしまってる感じが清々しくて、すっかりおじちゃんのファンになっていたところで、残念、タイムオーバー。最後に私の話も聞いて欲しくて、近況をちょっと話してみたりした。そうですかそうですかとうなずくおじちゃんは降りしなに、わたしの目を見てこう言った。

 

「お姉さん、幸せになることですよ。頑張ってください。」

 

おじちゃんはメガネをかけていたのだけど、その奥の瞳が嘘じゃなくてすごくすごく澄んでいて、うわあって声に出して驚いてしまった。このおじちゃん、すごい。私いま何かすごいものをもらった気がする、そわそわ。

ドアを閉めてから、名刺でも渡せば良かったと思ったのだけど、一期一会の魔法の存在ということで胸にしまっておくことにした。だけど、ちょっとこれは一生忘れたくないので珍しく文字にしておきます。とにかく良い出会いだった。おじちゃん、お元気で。

どうしようもなく、そうせずにはいられないもの。

「自分」という、勘違いにも似た意識がもしあるとすれば、

それがぐっちゃぐちゃにされてくったくたのペッラペラになったとき。

悔しさと恥ずかしさと虚無感に、ただただ圧倒されたとき。

 

そんなドン底の状況でもどうしようもなく求めてしまう「なにか」は何か。

それらを求めてしまう理由は何か。

最近はもっぱらそんなものの観察をしています。

 

見つけた「なにか」を一部書き留めておくと

・グレープフルーツを食べること(今の時期が一番おいしいと思う)

・とりとめもなく文章を書くこと(手紙を書くのが一番楽しい)

・前髪を気にすること(短い方が似合うと言われました)

・韓国人タレントのラジオを聴くこと(5年前に終了した番組を無限リピート)

 

思っていた以上に、

両手いっぱいにたくさんのものを持つことに向いていないなあと、気づいたのでした。

結婚=プラス3, マイナス1

(今の私にとって)
結婚とは、
わたしと同じ名字の人が増えたり減ったりすることだ。

なんせ珍しい名前のもとに生まれたもので、結構 ”イエ” 意識みたいなのは強い方だと思う。今考えると。それはひとえに父が、祖母がそうだったからなのだけども。

長女として生まれた祖母は自らのルーツであるその名前を、”イエ” を、残すことを選んだらしい。詳しい事情は分からないのだけどあるとき「うちの名字= ばあちゃん方の名字」ということを聞き、世の中の流れとちょっと違っていることを知った。と同時に、ほぼ自動的に与えられたこの名字を「ばあちゃんが守りたかったもの」というふうにも考えるようになった。

祖母がそこまでして名前を残したかった理由はなんだろう。

彼女は大正生まれ、戦時中を看護師として生きた人でそれはそれは根性のある、それでいて泣いたり怒ったり、笑ったり笑わせたりと忙しいおちゃめな女性だった。白黒写真の中で視線を外してはにかむ祖母をドラえもんに似てるねと言ったら軽く無視されたこと、あれは今でも忘れない。その横に佇む祖父はジョセフゴードンレヴィット似の超イケメンで、ゆる可愛いおじいちゃんだとばかり思っていたからすごく驚きもした。

とまあそんなこんなで、彼女の願いどおり、この名字は減ることなく上手い具合に拡散していっている。

自分でも不思議だったのは、去年いとこのお兄ちゃんが結婚すると知ったときこんな思いが浮かんできたことだった。
「うちの名字がまた1人増えるのか…ばあちゃん喜ぶだろうなあ。」
本当に、すっごく喜んだと思う。それでまた自分のことみたいに泣いたり怒っt(略)していたと思うし、その姿は容易に目に浮かぶ。

そして先週末、いとこのお姉ちゃんのウェディングドレス姿を眺めながらわたしは嬉しいけれどとても寂しい気持ちになった。よくわかんないけどこみ上げてくる涙を、いっぱいのまばたきで誤魔化した。お姉ちゃんはもう、違う名前の人になるんだなあ。そのことにただただびっくりしていた。

これからまた1人増え1人減り、わたしはいつかこちらを去ってどちらかにお邪魔することになるのだけど、相手の”イエ”も自分のものみたいに大切にできたらいいなあと、ぼんやりと思うのでした。

今日の1曲
Tears/Fayrey

やば懐かしい曲。いい歌や。

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近ごろ気になるクリエイティブ。

最近、気になっていること。

クリエイティブに生きる
クリエイティブな仕事
クリエイティブな休日
クリエイティブな。

「クリエイティブ」ってなにさ!という疑問。

編集部に来てからの5か月、私はこの「クリエイティブ」とやらにえらく苦しめられました(絶賛進行形)。モノでもコトバでもない”得体の知れない何か”を産み出すことがこんなに辛いものかと、ひっくり返りそうになったものです。
何故それほどまでに苦しいのか、その度に理由を考えました。アイディアが採用されない、そもそも斬新さに欠ける、これなんでやるの?という問いに答えられないなどなど。そうこうするうち思考回路はショート寸前♪ なんてふざけてみても、容赦なく迫りくるクリエイティブの「影」。クリエイティブとかどっか飛んでけよ、と本気 で思ってました。

そんなある日、ふと気づいたんです。

私がこんなに辛い理由、それは周囲に認められないからではなく「自分を信じられないから」ではなかろうかと。

世の中には100点のものなんかない。マクドナルドのマークだって、ユニクロのロゴだってあれじゃなくてもいい。黄色じゃなくたって、四角くくなくたっていい。でも、彼らが想像を絶する苦労と時間とお金を費やしたそれらは、100点に限りなく近い形で私たちの生活に馴染んでいる。なんとなく、あれじゃなきゃだめっしょ!と私たちに思わせていることのすごさ。やばい、その壮大さにもう泣きそう。

自分だからこそ産み出せたものを「価値がある」と信じるためには生半可な理由づけでは周囲には伝わらない。自分の中でなんでなんでとだってだってを繰り返し繰り返し問い続けて、そこで初めてぼんやりと形になる。

だからクリエイティブは孤独だ、というのが25歳と9ヶ月のわたしが出した結論。

なにこれ超偉そう。

もう年末の秘境旅行が楽しみすぎる。逆にそれしか楽しみがない。干物担当の夜。

난 후회해

나 후회하고 있어,정말이야.

요즘 바빠서 그런지
가지고 싶은 옷도 구두도 귀거리도 없어.
그 대신, 계절 탓인지 많이 외로워.

있잖아,
나 그때 너무 만만하게 생각했었던 것 같다.
이렇게 될 줄은 나도 몰랐으니까.

네 말들이
이제 와서 너무 달콤한거 있지.