読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Have Fun、な気持ちで。

おもう、かく、かたちにする。

わたしはもう、笑わないことにした。

近ごろ

笑うことの純度を上げたいなあ、と思うのです。

 
どうも、こんにちは。
先日、とある方から
「資本主義経済に向かない笑顔」とのお墨付きをもらいました、わたしです。
 
 
雨ですね。
 
 
今日は、生きることを楽しむ、というお話です。 
 

いつからか、あ、わたし今無理して笑ったなあと思うことが増えてきて。

そんなときはきまって、顔の筋肉が変な感じになって笑ったまま硬まっちゃうみたいになる。
そんなことも言ってらんないじゃん、大人なんだから。と、アラサーぶる私 (A) が語りかけたような気もしたけれど、そんなことで大人であることを噛み締めとうないのです。
 
 
わたしはそもそも、年齢で子どもと大人を分けなくて良いんじゃないかと思っていて、
まだ四半世紀かそこらしか生きていない若輩者ですが、年齢が人間力に比例しないということはなんとなく感じているのです。
 
じゃあどういう人が人間力があるのよっていうそんな偉そうなことはまだ書けないのですが。
わたしの周りにいる、”この人みたいになれるなら、年を取るってなんて素敵なことなんだろう!”、と思わせてくれる人たちは、
いろんなことを楽しむ姿勢と度量を持っている。頭ごなしに否定しないし、そんなアホな、という目で他人を見ない。
 
面白いから、楽しいから笑うことが ”受動的な笑い” なのであれば
面白がる、楽しむ ”能動的笑い” の大切さを常にわたしに見せてくれる。
 
笑うことは、受容であり共感であり理解でもあって、だからこそ笑いあえば安心するし、相手との距離が縮まったりする。意思疎通には欠かせない、笑い。
 
「いいね、面白そうですね。」と、まず初めに言える人間でありたいと思うのです。
 
今のわたしは、どうにもいっぱいいっぱいすぎて周りを楽しむ余裕がなくて、
 
なんというか、
 
普段あまり聞かないジャンルの音楽フェスに来てたとして
いろんなアーティストが次から次へと出てくるなあ、と物珍しい気分。
いまはAというアーティストが舞台に立っていて、
そんなときわたしは、スマホを使ってこの曲がなんて名前かを調べながら、Aっていうアーティストのどこがどう評価されているのかを必死で検索して”知ろう”とするあまり、曲が終わっちゃう。なんとなく好きになりそうな雰囲気だったけど、満喫できなかったな。
 
みたいな気分。
スマホの残りバッテリーをやたら減らしただけ。
 
なんかそんな感じです。
 
 
でも、こう書いていたら、
知らないことの怖さに縛られるあまりに、ただ臆病になっているだけな気がしてきた。
知らないもんは知らない、今日知れてラッキー!と思えば良いだけじゃないかしら。
 
どう思われるかの呪縛から、なかなか逃れられないんだよなあ。
 
ああ、素直になりたい。
 
もう、気に入られようとして無理して笑わない!と思ってのタイトルだったのだけど、
解は違うところにありそうなので一旦お持ち帰り。
 
おやすみなさい。
 
 
 
今日の一曲
꺼내 먹어요(EAT) / Zion.T
 
疲れた女子を慰める、エア彼氏な ”頭なでなで” ソング